いまわかったこと。

大きな病気でない.

単純にいつかは治るというようなものは

世間ではなかなか納得してくれないものなのかななんて思います.
そういった観点から

私が一生懸命やっていても

周りの人達には

なかなか理解してももらえず

とても辛い思いをしました.
そして、先日からお話しているんフォーラムに参加してから

私の主人も大分意識が変わったと言っていましたが、

本来ならば、

周りの人たちもフォーラム来ていただけるとありがたいなと思うのです。
私たちのことを理解してくれというわけではなく、

娘も私も、苦しんでるんだということを少しわかっていただけたらありがたいのに

と思うのです.
肝心の娘ですが

相変わらず変わりはありません。

しかし周りの環境つまり

私や夫が変わってくることによって、

大分気持ちが楽になったということでしたっ
私が一生懸命だっていることがかえって娘にとっては

負担になっていることもわかったし、

頑張れば頑張るほど

悪循環に陥ることもわかりました.

今娘のために何ができるのかというと、

彼女のまわりの環境をできる限り整えてあげることなんだなと

いうことがわかりました.

私が出来ることと言えば

はっきり言って

私ができることなんてたかが知れています.
能力もなければ、

それほどの力もあるわけではありません。
しかし、娘のためを思えばほんとに何でもできる.

そういう気持ちって大切なんですよね.
起立性調節障害という言葉をきいた時は

この言葉を初めてみみにした時は、
驚いたとかショックとか、

そういった感情もありませんでした.
まずそれは何なの???ということだったのです.
つぎに娘のために何をしてやらなければいけないのか

ということを考えると、
全く思い浮かばない自分がいたわけです.
いろいろなネットで調べたり、

私ができることをと言う通りやってみたのですけど
どれも空回りしていたのが
今では懐かしく思えるのです.
懐かしく思えるということは

それだけ自分が成長したってこと?
などとちょっとプラスに考えてみるだけ

最近は余裕が出てきたのかもしれません。

病気のことについて

いろいろと書くよりも

私の心の変化を書いていったほうが

私と同じような悩みを持ってる人にとっては、
伝わると信じています.

私が幸せだと思ったこと

私の主人が理解者にならなかったわけではありません。

主人も少なからずしっかりと理解してくれているはずです。
でないと私自身がつぶれてしまうはずですから.
娘のために必死になっているのは

娘が頑張ってるからなのですが、夫も少なからず私を支えてくれるからなのです.

でもその主人が先日のフォーラムに参加して

やっぱりかんじることがあったというのはとても大きかったようです.
私への理解度が足りなかったごめんという形で言ってくれたのは

びっくりしましたが、とてもうれしかったです.
でも謝る必要なんて何もないんですよね.
彼自身も仕事をしているわけですし、

いろいろ世の中にはあるじゃないですか.
それを娘のために、そして私のために

いろいろと尽力してくれることは感謝しかないんですよね.
ありがたいわけです.
しかも今回のフォーラムも私がついてきてという形で

お願いしたのに

いろいろと感じ取ってくれることというのは

とてもありがたいなと思いました.
私、すごいでしょというのではなく、

私のことを素直に褒めてくれるということは本当に慰めになりました.
心のストレスもなくなりました.

私自身が褒めなければならないところも主人が褒めてくれたということは

本当に大きなことだと思います.

そういう意味でわたしは幸せだなと思いました.

現状を褒める

娘にとっても1人では何もできません。

母親の私も1人では何もできないわけです.
先日書いたブログでも結果的にはそういうことだったのです.
これって決して絶望という意味ではありません。
むしろ次への希望だと思って考えて

いこうということだったのです.

そういう発想は私にはありませんでした.
治らない病気だったら絶望だったかもしれませんが、

いずれ治る病気です。

何の問題もありません。
こういうことをいうと

何だか慰められてるのか、はたまた人ごとなのかと思うかもしれませんが、
やっぱり当事者がいると言葉に重みがあるというか説得力あるんですよね.

心の中で思っていたことというか

背負っていたものがすーっと消えてなくなった気がしました.
娘のために必死になっているということは、

それはかえって大きなストレスになったり、重荷だったりするんですよと
気楽になれって言われるが、むしろ逆に気楽になれないと語ってしまうところだということなのです.
だからこそ当事者がもっと気楽になってと

言われるとの意図を受け止める気持ちが出てくるはずだと言われたので

びっくりするぐらいストレスがたまっていたんだなということがわかりました.
こういうフォーラムは

どうしても解決策を探るとするのですかそうでなく、

現状をとりあえずよく頑張ってるということで

自分自身を褒めてあげることが大切だということを教えてもらい、

なるほど、ほんとにそうだなと思ったんです。価値があったのです。

娘の意図とは

実は先日主人と旅行に行きました。
たまには息抜きにいいのでは?よかったじゃない。

と周りからは思われるかもしれません。
実はそうではないんです。
娘の起立性調節障害のあることについての

あるところでフォーラムがあったので、

そこに参加したいなと思ったんです.

ここでも私ができることは

何なのかなんていうことをちょっとでも情報があれば、
という気持ちで持って行こうと思ったのです.
ちょっと遠いので、

女1人で行くのは大変ですから

ジュ人についてきてもらったわけです.
本来ならば娘を連れて行くのがいいのでしょうけど
娘が「2人でいってきて」

と言ってくれたので、

主人と2人で行くことになりました.
結果的には本当によかったフォーラムだったと思います.
そこで話をしてくれた方と話をすることもできましたし、

本当に良い機会だと思いました.
主人もこの話を聞いて、なにかかんじたようです。

娘のためにと思っていた私の行動は少し行き過ぎていたのではないかと思って、

いたみたいですが、

このフォーラムの話を聞いて、

なるほどなと私のやってることを理解してくれたようです.
そのときに初めて娘がなぜ私達2人にこのフォーラムに参加しろと言ったのかということがわかりました。

娘の体のためではなく、実は主人、つまり娘にとって父親の理解を深めて欲しいということだったんでしょうね.

娘にとっては私1人が奮闘する姿を見たくないと思ったんでしょう.

主人にも協力して欲しいと思ったのではないでしょうか.